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<title>蹴球道</title>
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<description>～未来の君へ 贈る蹴魂（コトバ）～</description>
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<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-fdbe.html">
<title>第五八節　「失うは儚く、なんとも悲しいものかな」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-fdbe.html</link>
<description>得ることあれば、失うこともある。 得る、得る、得るで行けたらどんなに楽だろうか。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;得ることあれば、失うこともある。&lt;br /&gt;
得る、得る、得るで行けたらどんなに楽だろうか。&lt;br /&gt;
しかし、そんなことはかなわない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;すべてを受け入れる器があればどんなに楽だろう。&lt;br /&gt;
人には器の大きさの違いがある。&lt;br /&gt;
こんなことではビクともしない人もいる。&lt;br /&gt;
たったこれだけのことでと散っていく人もいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;誰も、失うことで納得する者はいない。&lt;br /&gt;
天秤にかけた末、どうしても上乗せすることが出来ず溢れ出してしまったものを切り捨てる。&lt;br /&gt;
そこには、単純な理由なんてものはなく、苦渋の末の決断なのだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;溢れ出すものを泪に変え、全て吐き出せたらどんなに楽だろうか。&lt;br /&gt;
しかし、それはかなわない。&lt;br /&gt;
投げ出すわけではなく、真正面から向き合って答えを導き出す。&lt;br /&gt;
それが、吉と出ようが凶と出ようが、そうすうることが責任でありけじめなのではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;迷いはいつまで経っても消えない。&lt;br /&gt;
しかし、いつかは別れがくるのだ。&lt;br /&gt;
今自分に出来ることは、迷うことでもなく女々しくすがることでもない。&lt;br /&gt;
別れを受け止め、別れるその日までの一日一日、一分一秒、一瞬一瞬を大切にし、寂しさ、悲しさを噛み締め、忘れることのない思い出をこの胸に刻み込むことだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その先はわからない。&lt;br /&gt;
ただ、今は願うだけだ。&lt;br /&gt;
「また、出会えることを・・・」&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2009-08-20T22:57:12+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-23ee.html">
<title>第五七節　「答え」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-23ee.html</link>
<description>答えというものを常に追い求めている。 行動を起こした結果・・・ 物事の意味・・・...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;答えというものを常に追い求めている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;行動を起こした結果・・・&lt;br /&gt;
物事の意味・・・&lt;br /&gt;
あるべき姿・・・&lt;br /&gt;
やるべきこと・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
答えというものはどこにあるのだろうか？&lt;br /&gt;
捜し求めた先にあるのだろうか？&lt;br /&gt;
そこで見つけたものは本当に答えなのだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;答えを探し、彷徨えば必ず答えは見つかるだろう。&lt;br /&gt;
しかし、それは自分の答えでしかないのではないだろうか？&lt;br /&gt;
自分の答えは、他人の答えではない。&lt;br /&gt;
他人の答えも、然るべき答えである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;では、本当の答えとはなんなのか？&lt;br /&gt;
そもそも、物事に答えなんてものがあるのだろうか？&lt;br /&gt;
自らが悩み、出した答えには自信があるだろう。&lt;br /&gt;
しかし、それを自信満々に他人に押し付けるのは正しいのだろうか？&lt;br /&gt;
「自分の考えが正しい、他人の考えが間違っている」&lt;br /&gt;
そんな感情は絶対に持たないとは言い切れない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;では、答えとはどうやって見つけ、どうやって共有出来るものにしていくのだろう？&lt;br /&gt;
自分の意見を押し付けるのは本当の答えとは言えない。&lt;br /&gt;
逆もまた然りである。&lt;br /&gt;
他人に答えを強要しない。&lt;br /&gt;
自分だけの答えを持ち、自分だけの世界で生きることが本当に求める答えなのだろうか？&lt;br /&gt;
他人の答えを受け入れ、間をとる。&lt;br /&gt;
今の考え方の主流はこれだろう。&lt;br /&gt;
しかし、自分がとことん悩み、出した答えを曲げて、間をとった答えが本当の答えになるのだろうか？&lt;br /&gt;
そもそも、間を取るということは、お互いの意見がぶつかることで起こる不協和音を避けているだけではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
他人の意見を聞き入れることはとても大切なことである。&lt;br /&gt;
聞き入れた上で、意見の衝突で起こる不協和音も真摯に受け止め、乗り越えることで、また違った答えを導き出すことが出来るのだろう。&lt;br /&gt;
しかし、違った答えを導き出した先に待ち受けているものは、また同じ悩みの繰り返しである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本当は、答えなんてないのではないだろうか。&lt;br /&gt;
いや、答えはあるのかもしれない。&lt;br /&gt;
答えを求め、回り道をしながら、一歩ずつ一歩ずつ歩んでいく。&lt;br /&gt;
途中で人と出会い、座り込んで考え、時には引き返す。&lt;br /&gt;
空を見上げ、地面を見ることもあるだろう。&lt;br /&gt;
そうやって歩んでいる道が人生そのものではないだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;答えは、歩んだ道の先に必ずある。&lt;br /&gt;
答えを知ってしまったら歩むべき道は面白くなくなるだろう。&lt;br /&gt;
興味をなくすと人は歩みを止める。&lt;br /&gt;
だから、答えなんて簡単に見つからないのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;答えとは、限りなく遠くにあり、そしてまた、限りなく近くにあるものなのだろう。&lt;br /&gt;
近くにある答えを求めること・・・　　それは、あきらめるということだ。&lt;br /&gt;
答えは、自らが作り出すことが出来、それを、終わらせることも自らで出来る。&lt;br /&gt;
本当の答えとはいつも、自らの中に隠れているのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
少しでも遠くに手を伸ばそう。&lt;br /&gt;
また一歩、先を歩くために・・・。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2009-07-08T23:59:01+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-a26d.html">
<title>第五六節　「我と他」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-a26d.html</link>
<description>成長は一人で出来るものではない。 我だけで切磋琢磨しようとも、結果は井の中の蛙で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;成長は一人で出来るものではない。&lt;br /&gt;
我だけで切磋琢磨しようとも、結果は井の中の蛙でしかない。&lt;br /&gt;
他というものさしで、我を測ることで我という存在を確認する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我だけで我自身に向き合おうとしても、我によって霞がかる。&lt;br /&gt;
他という存在に映し出すことで、我自身に初めて向き合え、存在意義を確認する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我だけで生きていくことは出来ない。&lt;br /&gt;
他に助けられ、他に触れることで孤独を知り、つながりを知る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我だけで・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人は、「我欲」なるものを必ずしも持っている。&lt;br /&gt;
我欲を持つことが決して悪いことではない。&lt;br /&gt;
しかし、我欲のみでは何も生まれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
我のみに目を向け続けることで、狭い世界を生み出してしまう。&lt;br /&gt;
他を直視し、他の意味を知り、他と触れることで我の世界は無限に広がる。&lt;br /&gt;
我の中にある無限の可能性に気づくだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
我を捨て、他を知る。&lt;br /&gt;
他を知り、我を得る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我を本当に知った者は我を捨てる。&lt;br /&gt;
そして、他に目を向ける。&lt;br /&gt;
他を知り、存在を認めた先に我に戻る。&lt;br /&gt;
その時、我の存在は意味を持ち、かけがえのないものへと変わっているだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我は他によって生み出され、他によって育てられる。&lt;br /&gt;
他によって創られた我は、他を生み出し、他を育てる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我とはそういうものなのではないだろうか・・・&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2009-06-16T23:46:42+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-29ee.html">
<title>第五五節　「本来あるべき姿」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-29ee.html</link>
<description>他人が居て、自分がある。 自分があって、他人が居るのではない。 そこを間違えては...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;他人が居て、自分がある。&lt;br /&gt;
自分があって、他人が居るのではない。&lt;br /&gt;
そこを間違えてはいけない。&lt;br /&gt;
決して間違えてはいけないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
今、周りではやってもらえることが当たり前になりつつある。&lt;br /&gt;
サッカーのことを取り上げてしまうが、マネージャーも、トレーナーも、スタッフも、サポーターも、自らの何かを犠牲にして自分達に与えてくれているのだ。&lt;br /&gt;
自分自身の為に無駄な犠牲を払っている、そんな人は一人もいない。&lt;br /&gt;
誰もが、「あなた」の為にという気持ちで取り組んでくれている。&lt;br /&gt;
全ては選手が１２０％の力でプレー出来る為に・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勘違いしてはいけない。&lt;br /&gt;
今の自分があるのは、周りの人が居てくれたからなのだ。&lt;br /&gt;
決して自分自身だけで歩んで来れたわけではない。&lt;br /&gt;
もっと感謝をしなければいけない。&lt;br /&gt;
誰もが口では感謝してると簡単に言えるだろう。&lt;br /&gt;
そんなものはなんの意味も持たない。&lt;br /&gt;
本当に感謝しているなら行動で表せよ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;選手はプレーするだけが恩返しではない。&lt;br /&gt;
怪我人は怪我を治すだけが恩返しではない。&lt;br /&gt;
それらは全て、自分自身の為に行っているに過ぎないのだ。&lt;br /&gt;
スタッフは練習、準備、片付け、サポートの仕事を行うのが当たり前ではない。&lt;br /&gt;
サポーターは応援してくれることが当たり前ではない。&lt;br /&gt;
自分達が少しでも長く、少しでも良い状態でプレー出来るように手伝ってくれているだけなのだ。&lt;br /&gt;
今、自分達はこの状況が当たり前になってないか？&lt;br /&gt;
「ベテラン」、「若手」、「スタメン」、「サブ」、「トップ」、「サテライト」、「怪我人」そんなものは全く関係ない。&lt;br /&gt;
どんな状態であれ、考えれば出来ることがあるはずだ。&lt;br /&gt;
出来ないと思うことは逃げているだけでしかないのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分があって、他人が居ると考える者の成長はもうそこまでだろう。&lt;br /&gt;
しかし、他人に感謝し居続ける者の成長の可能性は限りない。&lt;br /&gt;
周りに感謝出来る人間は、人を惹きつける。&lt;br /&gt;
人を惹きつける人間は、多くの経験を積み、人としての成長を遂げ続ける。&lt;br /&gt;
多くの助けがあるからこそ、自分の力も膨らみ、躊躇なく発揮出来るのだ。&lt;br /&gt;
これは、サッカーに限らず全ての事柄に言える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
この世界に当たり前のことなんて一つとしてないだろう。&lt;br /&gt;
助けられ、支えられることで当たり前に出来ているだけなのだ。&lt;br /&gt;
今変わるべきは大きなことではない。&lt;br /&gt;
個人個人の目の前にあることではないだろうか・・・。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-11-07T13:28:43+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-6c30.html">
<title>第五四節　「見つけるべきは他人の非ではなく、内なる自分の非」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-6c30.html</link>
<description>時が経てば、外見上は修正できる。 しかし、根は壊れたままだ。 衝撃を受ければ崩壊...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;時が経てば、外見上は修正できる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、根は壊れたままだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;衝撃を受ければ崩壊という文字が顔を覗かす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いつになっても修復することはない苦悩。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いつか後ずさりしてしまう不安を抱えていかなければいけないのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今後、崩壊する可能性が１００％ないとは言い切れない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;明日なのか、数ヵ月後なのか、数年後なのか・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時を懸ければ、限りなく元に近い形に近づくだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、それも１００％ではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本当に必要なものはなんなのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時を犠牲に修復に努めることなのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;不安を抱き、犠牲を最小限に現状のまま突き進むことか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;答えを探すにあたって、色々な要素が関わってくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今後向かう方向」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「求めるレベル」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「自分の存在価値」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「自分の居場所」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これらの答えの一つ一つが、選択すべき行動に意味を持たす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今は、不明確な点が多すぎる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今の自分に存在価値があるのだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;崩壊した自分に存在価値がないだけなのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;修正した自分に存在価値が生まれるのだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時を懸け、修復した自分に居場所はあるのだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;問いかけ出したらキリがない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今のままでは答えなど見つからないだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;問いかけの中にある答えを、他人に託してばかりいては・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;存在価値は自らが作るもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他人に評価こそしてもらえど、判断してもらうものではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;居場所、存在価値がなくなるのであれば、それは、自らが足りてないからではないか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;逃げてばかりいては答えは見つからない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;心の奥底に隠してきた一番の不安は、「どんな選択をしようと、自らが頑張り続けることが出来るかどうか」なのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いつまでも、甘えていてはいけない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「全ての原因は自らにあり」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Best の答えなんていらない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;包み隠すことなく、自分と向き合い、Better な答えを導き出したい。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-10-27T11:39:30+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4bce.html">
<title>第五三節　「納得」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4bce.html</link>
<description>納得させることは容易ではない。 言葉でいくら説明しても伝わらないからだ。 行動で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;納得させることは容易ではない。&lt;br /&gt;
言葉でいくら説明しても伝わらないからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;行動で表せ。&lt;br /&gt;
それが正しかったのだと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;納得させるために意味をもたせろ。&lt;br /&gt;
何らかの結果を出すことで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
中途半端な行動に納得しないだろう。&lt;br /&gt;
たとえ、自分自身に意味があってもそれが結果として現れなければ、誰も意味の無い行動だと感じる。&lt;br /&gt;
それは、もう自分勝手な行動でしかないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一度やると決めたならとことん全力でやり通せ。&lt;br /&gt;
何があっても曲がることのない信念を持ち、その先に向かって走り抜けろ。&lt;br /&gt;
人が、その行動は間違っていると言おうとその先で結果を出せば、その道もあるんだと納得する。&lt;br /&gt;
とことんやり抜くとは、そういうことだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中途半端に途中で逃げ出すな。&lt;br /&gt;
中途半端に途中で休むな。&lt;br /&gt;
中途半端な考えで手を出すな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一度、歩み出したなら自分の求める結果が得られるまで歩を進めよう。&lt;br /&gt;
それが、納得するというものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
自分自身、最近考え込むことが増えてきた。&lt;br /&gt;
答えの見つからない問題に。&lt;br /&gt;
何が正しいかなんて、何に納得するなんて答えはないだろう。&lt;br /&gt;
今、頭で考えることが正しいのか？&lt;br /&gt;
はたまた、考えるより先に行動を起こしてみるのが正しいのか？&lt;br /&gt;
何が答えかなんてわからない。&lt;br /&gt;
そんな時に気付いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
答えなんて今にはない。&lt;br /&gt;
答えは未来にあるものだ。&lt;br /&gt;
いくら考えても先の答えに行き着くことはないだろう。&lt;br /&gt;
行き着いたとしても、それが答えだなんて確認する手立てがないのだ。&lt;br /&gt;
そんな中、一つだけ確かなことがある。&lt;br /&gt;
どんな道に進もうと、どんな選択をしようと、歩んだ先の結果を掴むことが出来たら自分の歩んで来た道は、ひとまず正しかったということになる。&lt;br /&gt;
結果を掴んだ時、本当の答えではなかったと気付いたなら、またそこから歩き出せばいい。&lt;br /&gt;
道の途中で別の答えを探しに行けば、今までの道は意味をなくす。&lt;br /&gt;
これだけは、確かなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
答えは今にはない。&lt;br /&gt;
先の答えを手に入れるために、一歩を踏み出そう。&lt;br /&gt;
初志貫徹という言葉を胸に抱き、止めることのない一歩を。&lt;br /&gt;
怖がることなく先を見よう。&lt;br /&gt;
失敗した自分なんてそこにはいない。&lt;br /&gt;
自らが全力で歩を進め続けるならば。&lt;br /&gt;
先の答えを掴みに行こう。&lt;br /&gt;
自らが納得する自分という存在を・・・。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-10-02T18:01:53+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-4cba.html">
<title>第五二節　「出会い、別れ、そしてまた出会う」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-4cba.html</link>
<description>出会いがあれば、必ず別れは来る。 ずっと居ることなんてないのだから。 しかし、そ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;出会いがあれば、必ず別れは来る。&lt;br /&gt;
ずっと居ることなんてないのだから。&lt;br /&gt;
しかし、それは別れではないのだ。&lt;br /&gt;
それは、また次に出会うための準備なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
人にはそれぞれ考えがある。&lt;br /&gt;
何故、別れを選ぶのか？&lt;br /&gt;
時には理解し、時には賛同しかねる時もある。&lt;br /&gt;
何が理由かなんて、一緒にいればある程度分かる。&lt;br /&gt;
しかし、本当にそれだけなのか？&lt;br /&gt;
他に意思を固めるキッカケがあったのではないか？&lt;br /&gt;
それを知るのは本人だけなのだ。&lt;br /&gt;
周りは少しでも長く一緒に居ようとアプローチする。&lt;br /&gt;
しかし、最後に決めるのは本人なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;全ての別れは、自身の満足を得ようとした結果だと私は思う。&lt;br /&gt;
現状に不満を抱えているからこそ、別れという選択肢が出たのだろう。&lt;br /&gt;
では、満足とはどこにあるのだろうか？&lt;br /&gt;
現状の先にあるのだろうか？&lt;br /&gt;
別れを選んだ先にあるのだろうか？&lt;br /&gt;
全く別の場所にあるのだろうか？&lt;br /&gt;
それは、誰も知らない。&lt;br /&gt;
人それぞれに満足するものがあり、満足を得る度合いも異なる。&lt;br /&gt;
誰もが同じもので満足し、満たされるということはないのだ。&lt;br /&gt;
だからこそ、苦しみ、考え、失敗しながらも右往左往すればいい。&lt;br /&gt;
人生とは満足を探す旅なのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
私は、本当に満足を得られる時は寿命を全うし、死を迎えた時なのではと考えている。&lt;br /&gt;
（実際に体験していないので賛否両論あるだろうが）&lt;br /&gt;
だから、皆どこに行っても満足を求め動き続けるだろう。&lt;br /&gt;
求めるものが同じ方向を向いていれば、道は違えどどこかで必ず出会う。&lt;br /&gt;
今の別れは、その時出会うための準備なのだ。&lt;br /&gt;
誰も正しいことなんて知らない。&lt;br /&gt;
誰も選んだ道をバカにすることは出来ない。&lt;br /&gt;
誰も他人の道を決め付けることなんて出来ない。&lt;br /&gt;
全て、自分自身が自分の為に出した答えなのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
自分もいつかは旅立つときが来るだろう。&lt;br /&gt;
別れを選んでも。&lt;br /&gt;
人生はいつも一緒のリズムでは進まない。&lt;br /&gt;
その都度、苦しみ、考え、結果を出せば良い。&lt;br /&gt;
何度後悔してもいいではないか。&lt;br /&gt;
最後に満足する瞬間が訪れるならば・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
だから、私の前から去っていく者よ。&lt;br /&gt;
「目標を捨てるんじゃない」&lt;br /&gt;
同じ目的地に辿り付くことが出来なくなるから。&lt;br /&gt;
「満足をすることを諦めるな」&lt;br /&gt;
諦めた時点で、人生という旅が終わりを迎える。&lt;br /&gt;
「別れを選んだことを、誰もバカにはしない」&lt;br /&gt;
いつかは自分自身がそちら側になるのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから、この言葉を送りたい。&lt;br /&gt;
今、別れ旅立って行く者に。&lt;br /&gt;
そして、これから別れ、旅立ちに対面していくであろう自分に・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「GOOD　BYE」　ではなく、　「SEE　YOU　AGAIN」　という言葉を。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-09-25T16:27:24+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-498a.html">
<title>第五一節　「永遠のループ」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-498a.html</link>
<description>何故合わないのか？ その答えは自分の中にある。 気付いてないフリをしているだけで...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;何故合わないのか？&lt;br /&gt;
その答えは自分の中にある。&lt;br /&gt;
気付いてないフリをしているだけで知っているはずだ。&lt;br /&gt;
ただ、その答えから逃げているだけだろう・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
他人とは自分を映し出す鏡である。&lt;br /&gt;
怒りを持って接すれば、相手も怒りを覚える。&lt;br /&gt;
笑顔を持って接すれば、笑顔で返される。&lt;br /&gt;
苦手を持って接すれば、相手も苦手と感じる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;笑顔を持って接して、怒りで返されることは余程の状況でない限りあり得ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;殻に閉じこもるから、周りから呼び掛けられなくなる。&lt;br /&gt;
自らの心情をさらけ出せば、周りも壁を取り払ってくれる。&lt;br /&gt;
和を持つことが出来れば、争うことはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分の意見が素直に伝わらないのは、今までの自分の態度が示している。&lt;br /&gt;
他人が自分が嫌だと思う行動をとることも、今までの自分がカギを握っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
他人は自分を映し出す鏡である。&lt;br /&gt;
与えることで見返りを求めるのではない。&lt;br /&gt;
与える、見返りといった感情を捨てるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;相手に求めるのではない。&lt;br /&gt;
求める前に自分が行動してみるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他人に責任を擦り付けるのではない。&lt;br /&gt;
自らを見つめ直し、責任を受け止めるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
自分は、相手に求め、責任を転嫁してきたのかもしれない。&lt;br /&gt;
自らが変わる事で、現状を打破出来ることは容易に想像できる。&lt;br /&gt;
しかし、変わった先は未知の世界。&lt;br /&gt;
１８０度変わった自分が、その世界に生きている。&lt;br /&gt;
今の自分が、その世界で生きるには、苦痛、苦悩、歯痒さ・・・、いろいろなものと闘っていかないといけないだろう。&lt;br /&gt;
それに耐えることが出来るのか？&lt;br /&gt;
本当に変わる事が正解なのか？&lt;br /&gt;
正解なんて無い事は知っている。&lt;br /&gt;
どう行動しなければいけないかの答えも自らが持っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
１８０度変わった世界に恐れ、変わった自分に苦悩し、一歩を踏み出すことが出来ず、永遠のループへと嵌っていく。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-09-18T16:16:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-3a0c.html">
<title>第五十節　「最高の先生は過去の自分」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-3a0c.html</link>
<description>過去を振り返るな。 前を向いて歩き続けろ。 人は過去は過去とし、先を見据え続けて...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;過去を振り返るな。&lt;br /&gt;
前を向いて歩き続けろ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人は過去は過去とし、先を見据え続けて生きていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自らもそれで良いと思っていた。&lt;br /&gt;
しかし、本当にそれで良いのか？&lt;br /&gt;
過去も自らが歩んできた道、そこは平坦な道ではなかったのだから・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
言葉とは難しいものである。&lt;br /&gt;
発するとなると、世間体を気にし思っていることを言えなくなる。&lt;br /&gt;
全てを取っ払い、表現したとしても時間と共に忘れ去られる。&lt;br /&gt;
しかし、&lt;br /&gt;
綴るとなると、包み隠すことなく言葉が並ぶ。&lt;br /&gt;
記すと、記憶として残り、記録として見返すことも出来る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
私は、このブログを開設する前、不定期ながらサッカーノートを記していた。&lt;br /&gt;
今回、それを見返す機会があった。&lt;br /&gt;
そこには、不細工で不恰好な文字が並べられていたが、しっかりと自分の歩んできた道が言葉として記されている。&lt;br /&gt;
一つの出来事で喜び、一つの出来事で落ち込む。&lt;br /&gt;
本当に起伏の激しい人生を送ってきたものだ。&lt;br /&gt;
しかし、その都度気持ちを、学んだことを裸のままの言葉として残している。&lt;br /&gt;
今は、失われかけた感情がそこにはあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;過去があるから、今の自分がある。&lt;br /&gt;
世間体を恐れず、抱いた感情。&lt;br /&gt;
失敗、苦難を乗り越えてきた強い精神力。&lt;br /&gt;
今でも後悔し続ける妥協。&lt;br /&gt;
他人から伝えられた大切な言葉。&lt;br /&gt;
未来の理想の自分を手に入れる為のヒント。&lt;br /&gt;
過去、自らが歩んできた道には色々な物が転がっており、そこにしっかりとした足跡を残してきていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
過去に目を向けることも大切である。&lt;br /&gt;
過去を後悔する必要はない。&lt;br /&gt;
後悔しても何も変わらないのだから。&lt;br /&gt;
過去の自分を物語として読み返す。&lt;br /&gt;
それぐらいの気持ちで良いのだ。&lt;br /&gt;
文字を通して情景をイメージし、そこに表される文字の意味は自らが作り出せる。&lt;br /&gt;
今日読んだ文字を一年後に読めば、また新しい言葉として自分に降り注ぐだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その先には必ず、豊かな自分が待ち受けていることだろう。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-09-12T11:18:07+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_86eb.html">
<title>第四九節　「スタートライン」</title>
<link>http://ryo19830510.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_86eb.html</link>
<description>勝負の世界は厳しい。 たった１点、たったコンマ１秒、たった数ｍｍでさえ勝敗が分か...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;勝負の世界は厳しい。&lt;br /&gt;
たった１点、たったコンマ１秒、たった数ｍｍでさえ勝敗が分かれる。&lt;br /&gt;
その差は、紙一重であり天と地ほどの差でもある。&lt;br /&gt;
捉え方は人それぞれ自由だが、本当の意味で現実を見つめることが出来た者がさらなる成長へと歩み出せることだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ほんの僅かな差であっても、勝敗がつく。&lt;br /&gt;
僅差の勝負であっても、その時に感じる差は、勝者と敗者は決して同じものではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勝者が感じる差とは、その言葉の通り本当に僅かな差でしかないのだ。&lt;br /&gt;
同じ状態で試合をしたならば、６割程の確立で勝利を得ることが出来るだろう。&lt;br /&gt;
しかし、６割程でしかないのだ。&lt;br /&gt;
一歩間違えれば、自らが敗者になりえるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;逆に敗者が感じる差は全くの正反対である。&lt;br /&gt;
感じる差というよりも、そう感じなければいけないのだ。&lt;br /&gt;
どれだけ僅差の試合をしても、敗者は敗者でしかない。&lt;br /&gt;
次やったら勝てると思っていれば、高い確率でもう一度敗者になるだろう。&lt;br /&gt;
敗者にとって紙一重とは、それほど大きな差なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勝敗を分ける要素の一つとして、自力の差が挙げられる。&lt;br /&gt;
楽な試合より苦しい試合にこそ勝てる者が、他の者よりも自力が勝っていると言える。&lt;br /&gt;
負ける者は、自力が劣っていたのだ。&lt;br /&gt;
自力の部分に運は作用しない。&lt;br /&gt;
自力の勝っている者が確実な勝利を収めることが多い。&lt;br /&gt;
それが、勝負の世界なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
しかし、蔑むばかりでなくていい。&lt;br /&gt;
敗者になったとはいえ、紙一重の試合を行うことが出来たのだ。&lt;br /&gt;
今まで余裕で勝ってきた相手にではなく、大差で屈辱的な負けを喫してきた相手にだ。&lt;br /&gt;
だから、自信を持って良い。&lt;br /&gt;
自分たちはここまでの力を持っているのだと。&lt;br /&gt;
しかし、そこに満足してはいけない。&lt;br /&gt;
今回が最高に近い試合ではなく、今回を最低ラインにしなければいけない。&lt;br /&gt;
求められるのは更なる成長。&lt;br /&gt;
目指すは高い目標。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
もう一度スタートラインに立とう。&lt;br /&gt;
それ以上後ろに下がることはないのだから。&lt;br /&gt;
前を向いて走り出そう。&lt;br /&gt;
最高の舞台で最高に感動出来る試合を目指して・・・。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ＲＹＯ</dc:creator>
<dc:date>2008-09-08T16:06:38+09:00</dc:date>
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