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2008年11月

2008年11月 7日 (金)

第五五節 「本来あるべき姿」

他人が居て、自分がある。
自分があって、他人が居るのではない。
そこを間違えてはいけない。
決して間違えてはいけないのだ。


今、周りではやってもらえることが当たり前になりつつある。
サッカーのことを取り上げてしまうが、マネージャーも、トレーナーも、スタッフも、サポーターも、自らの何かを犠牲にして自分達に与えてくれているのだ。
自分自身の為に無駄な犠牲を払っている、そんな人は一人もいない。
誰もが、「あなた」の為にという気持ちで取り組んでくれている。
全ては選手が120%の力でプレー出来る為に・・・。

勘違いしてはいけない。
今の自分があるのは、周りの人が居てくれたからなのだ。
決して自分自身だけで歩んで来れたわけではない。
もっと感謝をしなければいけない。
誰もが口では感謝してると簡単に言えるだろう。
そんなものはなんの意味も持たない。
本当に感謝しているなら行動で表せよ!

選手はプレーするだけが恩返しではない。
怪我人は怪我を治すだけが恩返しではない。
それらは全て、自分自身の為に行っているに過ぎないのだ。
スタッフは練習、準備、片付け、サポートの仕事を行うのが当たり前ではない。
サポーターは応援してくれることが当たり前ではない。
自分達が少しでも長く、少しでも良い状態でプレー出来るように手伝ってくれているだけなのだ。
今、自分達はこの状況が当たり前になってないか?
「ベテラン」、「若手」、「スタメン」、「サブ」、「トップ」、「サテライト」、「怪我人」そんなものは全く関係ない。
どんな状態であれ、考えれば出来ることがあるはずだ。
出来ないと思うことは逃げているだけでしかないのである。

自分があって、他人が居ると考える者の成長はもうそこまでだろう。
しかし、他人に感謝し居続ける者の成長の可能性は限りない。
周りに感謝出来る人間は、人を惹きつける。
人を惹きつける人間は、多くの経験を積み、人としての成長を遂げ続ける。
多くの助けがあるからこそ、自分の力も膨らみ、躊躇なく発揮出来るのだ。
これは、サッカーに限らず全ての事柄に言える。


この世界に当たり前のことなんて一つとしてないだろう。
助けられ、支えられることで当たり前に出来ているだけなのだ。
今変わるべきは大きなことではない。
個人個人の目の前にあることではないだろうか・・・。

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