第五四節 「見つけるべきは他人の非ではなく、内なる自分の非」
時が経てば、外見上は修正できる。
しかし、根は壊れたままだ。
衝撃を受ければ崩壊という文字が顔を覗かす。
いつになっても修復することはない苦悩。
いつか後ずさりしてしまう不安を抱えていかなければいけないのか?
今後、崩壊する可能性が100%ないとは言い切れない。
明日なのか、数ヵ月後なのか、数年後なのか・・・。
時を懸ければ、限りなく元に近い形に近づくだろう。
しかし、それも100%ではない。
本当に必要なものはなんなのだろう。
時を犠牲に修復に努めることなのか?
不安を抱き、犠牲を最小限に現状のまま突き進むことか?
答えを探すにあたって、色々な要素が関わってくる。
「今後向かう方向」
「求めるレベル」
「自分の存在価値」
「自分の居場所」
これらの答えの一つ一つが、選択すべき行動に意味を持たす。
今は、不明確な点が多すぎる。
今の自分に存在価値があるのだろうか?
崩壊した自分に存在価値がないだけなのか?
修正した自分に存在価値が生まれるのだろうか?
時を懸け、修復した自分に居場所はあるのだろうか?
問いかけ出したらキリがない。
今のままでは答えなど見つからないだろう。
問いかけの中にある答えを、他人に託してばかりいては・・・。
存在価値は自らが作るもの。
他人に評価こそしてもらえど、判断してもらうものではない。
居場所、存在価値がなくなるのであれば、それは、自らが足りてないからではないか?
逃げてばかりいては答えは見つからない。
心の奥底に隠してきた一番の不安は、「どんな選択をしようと、自らが頑張り続けることが出来るかどうか」なのではないか。
いつまでも、甘えていてはいけない。
「全ての原因は自らにあり」
Best の答えなんていらない。
包み隠すことなく、自分と向き合い、Better な答えを導き出したい。
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