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2008年9月

2008年9月25日 (木)

第五二節 「出会い、別れ、そしてまた出会う」

出会いがあれば、必ず別れは来る。
ずっと居ることなんてないのだから。
しかし、それは別れではないのだ。
それは、また次に出会うための準備なのである。


人にはそれぞれ考えがある。
何故、別れを選ぶのか?
時には理解し、時には賛同しかねる時もある。
何が理由かなんて、一緒にいればある程度分かる。
しかし、本当にそれだけなのか?
他に意思を固めるキッカケがあったのではないか?
それを知るのは本人だけなのだ。
周りは少しでも長く一緒に居ようとアプローチする。
しかし、最後に決めるのは本人なのだ。

全ての別れは、自身の満足を得ようとした結果だと私は思う。
現状に不満を抱えているからこそ、別れという選択肢が出たのだろう。
では、満足とはどこにあるのだろうか?
現状の先にあるのだろうか?
別れを選んだ先にあるのだろうか?
全く別の場所にあるのだろうか?
それは、誰も知らない。
人それぞれに満足するものがあり、満足を得る度合いも異なる。
誰もが同じもので満足し、満たされるということはないのだ。
だからこそ、苦しみ、考え、失敗しながらも右往左往すればいい。
人生とは満足を探す旅なのだから。


私は、本当に満足を得られる時は寿命を全うし、死を迎えた時なのではと考えている。
(実際に体験していないので賛否両論あるだろうが)
だから、皆どこに行っても満足を求め動き続けるだろう。
求めるものが同じ方向を向いていれば、道は違えどどこかで必ず出会う。
今の別れは、その時出会うための準備なのだ。
誰も正しいことなんて知らない。
誰も選んだ道をバカにすることは出来ない。
誰も他人の道を決め付けることなんて出来ない。
全て、自分自身が自分の為に出した答えなのだから。


自分もいつかは旅立つときが来るだろう。
別れを選んでも。
人生はいつも一緒のリズムでは進まない。
その都度、苦しみ、考え、結果を出せば良い。
何度後悔してもいいではないか。
最後に満足する瞬間が訪れるならば・・・。


だから、私の前から去っていく者よ。
「目標を捨てるんじゃない」
同じ目的地に辿り付くことが出来なくなるから。
「満足をすることを諦めるな」
諦めた時点で、人生という旅が終わりを迎える。
「別れを選んだことを、誰もバカにはしない」
いつかは自分自身がそちら側になるのだから。

だから、この言葉を送りたい。
今、別れ旅立って行く者に。
そして、これから別れ、旅立ちに対面していくであろう自分に・・・。

「GOOD BYE」 ではなく、 「SEE YOU AGAIN」 という言葉を。

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2008年9月18日 (木)

第五一節 「永遠のループ」

何故合わないのか?
その答えは自分の中にある。
気付いてないフリをしているだけで知っているはずだ。
ただ、その答えから逃げているだけだろう・・・。


他人とは自分を映し出す鏡である。
怒りを持って接すれば、相手も怒りを覚える。
笑顔を持って接すれば、笑顔で返される。
苦手を持って接すれば、相手も苦手と感じる。

笑顔を持って接して、怒りで返されることは余程の状況でない限りあり得ない。

殻に閉じこもるから、周りから呼び掛けられなくなる。
自らの心情をさらけ出せば、周りも壁を取り払ってくれる。
和を持つことが出来れば、争うことはない。

自分の意見が素直に伝わらないのは、今までの自分の態度が示している。
他人が自分が嫌だと思う行動をとることも、今までの自分がカギを握っている。


他人は自分を映し出す鏡である。
与えることで見返りを求めるのではない。
与える、見返りといった感情を捨てるのだ。

相手に求めるのではない。
求める前に自分が行動してみるのだ。

他人に責任を擦り付けるのではない。
自らを見つめ直し、責任を受け止めるのだ。


自分は、相手に求め、責任を転嫁してきたのかもしれない。
自らが変わる事で、現状を打破出来ることは容易に想像できる。
しかし、変わった先は未知の世界。
180度変わった自分が、その世界に生きている。
今の自分が、その世界で生きるには、苦痛、苦悩、歯痒さ・・・、いろいろなものと闘っていかないといけないだろう。
それに耐えることが出来るのか?
本当に変わる事が正解なのか?
正解なんて無い事は知っている。
どう行動しなければいけないかの答えも自らが持っている。


180度変わった世界に恐れ、変わった自分に苦悩し、一歩を踏み出すことが出来ず、永遠のループへと嵌っていく。

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2008年9月12日 (金)

第五十節 「最高の先生は過去の自分」

過去を振り返るな。
前を向いて歩き続けろ。

人は過去は過去とし、先を見据え続けて生きていく。

自らもそれで良いと思っていた。
しかし、本当にそれで良いのか?
過去も自らが歩んできた道、そこは平坦な道ではなかったのだから・・・。


言葉とは難しいものである。
発するとなると、世間体を気にし思っていることを言えなくなる。
全てを取っ払い、表現したとしても時間と共に忘れ去られる。
しかし、
綴るとなると、包み隠すことなく言葉が並ぶ。
記すと、記憶として残り、記録として見返すことも出来る。


私は、このブログを開設する前、不定期ながらサッカーノートを記していた。
今回、それを見返す機会があった。
そこには、不細工で不恰好な文字が並べられていたが、しっかりと自分の歩んできた道が言葉として記されている。
一つの出来事で喜び、一つの出来事で落ち込む。
本当に起伏の激しい人生を送ってきたものだ。
しかし、その都度気持ちを、学んだことを裸のままの言葉として残している。
今は、失われかけた感情がそこにはあった。

過去があるから、今の自分がある。
世間体を恐れず、抱いた感情。
失敗、苦難を乗り越えてきた強い精神力。
今でも後悔し続ける妥協。
他人から伝えられた大切な言葉。
未来の理想の自分を手に入れる為のヒント。
過去、自らが歩んできた道には色々な物が転がっており、そこにしっかりとした足跡を残してきていたのだ。


過去に目を向けることも大切である。
過去を後悔する必要はない。
後悔しても何も変わらないのだから。
過去の自分を物語として読み返す。
それぐらいの気持ちで良いのだ。
文字を通して情景をイメージし、そこに表される文字の意味は自らが作り出せる。
今日読んだ文字を一年後に読めば、また新しい言葉として自分に降り注ぐだろう。

その先には必ず、豊かな自分が待ち受けていることだろう。

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2008年9月 8日 (月)

第四九節 「スタートライン」

勝負の世界は厳しい。
たった1点、たったコンマ1秒、たった数mmでさえ勝敗が分かれる。
その差は、紙一重であり天と地ほどの差でもある。
捉え方は人それぞれ自由だが、本当の意味で現実を見つめることが出来た者がさらなる成長へと歩み出せることだろう。


ほんの僅かな差であっても、勝敗がつく。
僅差の勝負であっても、その時に感じる差は、勝者と敗者は決して同じものではない。

勝者が感じる差とは、その言葉の通り本当に僅かな差でしかないのだ。
同じ状態で試合をしたならば、6割程の確立で勝利を得ることが出来るだろう。
しかし、6割程でしかないのだ。
一歩間違えれば、自らが敗者になりえるのだ。

逆に敗者が感じる差は全くの正反対である。
感じる差というよりも、そう感じなければいけないのだ。
どれだけ僅差の試合をしても、敗者は敗者でしかない。
次やったら勝てると思っていれば、高い確率でもう一度敗者になるだろう。
敗者にとって紙一重とは、それほど大きな差なのだ。

勝敗を分ける要素の一つとして、自力の差が挙げられる。
楽な試合より苦しい試合にこそ勝てる者が、他の者よりも自力が勝っていると言える。
負ける者は、自力が劣っていたのだ。
自力の部分に運は作用しない。
自力の勝っている者が確実な勝利を収めることが多い。
それが、勝負の世界なのだ。


しかし、蔑むばかりでなくていい。
敗者になったとはいえ、紙一重の試合を行うことが出来たのだ。
今まで余裕で勝ってきた相手にではなく、大差で屈辱的な負けを喫してきた相手にだ。
だから、自信を持って良い。
自分たちはここまでの力を持っているのだと。
しかし、そこに満足してはいけない。
今回が最高に近い試合ではなく、今回を最低ラインにしなければいけない。
求められるのは更なる成長。
目指すは高い目標。


もう一度スタートラインに立とう。
それ以上後ろに下がることはないのだから。
前を向いて走り出そう。
最高の舞台で最高に感動出来る試合を目指して・・・。

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