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2008年8月

2008年8月29日 (金)

第四八節 「初心忘るるべからず」

人は時が進むにつれていろいろなものを背負い込む。
それには必要なものもあるが無駄なものも沢山ある。
そして、背負うものが増えれば増えるほど中心にあるものを見失う。
そこにこそ本当に大切なものがしまわれているというのに・・・。
決して忘れてはならないものが。
全てを脱ぎ捨ててでも思い出してみよう。
何も背負っていなかったあの時の無邪気な自分に戻れるように・・・。

人は一人で強くなれるのだろうか?
一人だけで強くなって来れたのだろうか?
そんな人間は、誰一人としていないだろう。
思い出してみて欲しい。
現在に至るまで、自分の周りには誰がいただろうか?
自分の成長を導き手助けしてくれる家族、自分自身というものを確立させてくれた周りの人、一緒に成長しようと切磋琢磨した友達、負けたくないと120%の力を出し努力させてくれたライバル、道を踏み外さないように時には厳しく、時には易しく先を照らし続けてくれた先輩、甘えるという状態から牽引するという自覚を持たしてくれた後輩、挙げればキリがない。
それらの人に出会うことが出来たからこそ、成長し強くなれたのではないだろうか?
今までに限らず、これからどんなに歳をとろうと、どんなに成長しようとそれは変わらないだろう。


皆が周りに成長させてもらって来たといっても、生きてきた環境が違う。
そんな人間が同じ空間に生きていると衝突もあるだろう。
自分の意見が正しい、間違っているということで衝突しているなら低次元である。
自分の生きてきた環境で学んできたこと、そこから得ることが出来た考え方は正しくていいのだ。
では、お互いの正しい考え方が食い違った時どうしたらいいのか?
お互いの正しい考えをお互いが理解した上で、新しい正しい考えを生み出せばいい。
それこそが共通理解になり、今後の成長へのきっかけとなるだろう。
自分の意見を相手に押し付けても相手は納得しない。
押し付けられた意見を受け入れるだけでは、その人間の成長はそこで止まってしまう。

今、特にそういったものが減少しつつある。
むしろ皆無に近いのではないだろうか?
去年までのチームの印象は、ファミリーのようだった。
しかし、今ではそのかけらも感じられなくなってきてしまった。
ファミリーのようなチームが良いとは言わないが、悪いとも感じない。
これだけ年代の離れた選手が一緒にプレーし、尚且つ年代差を感じさせないように接してくれるようなチームは中々ないだろう。
もっと、ファミリーでサッカーをしてる時ぐらいプライドというカベを取り払って接しても良いのではないだろうか?


初心を忘れるな。
大切なものを失って、無駄なものを守るな。
誰もが、もっともっと成長出来るのだから。
落ちるところまで落ちた今、これ以上落ちることはないだろう。
ここからは這い上がるだけ。
這い上がるために、無駄なものを脱ぎ捨てもう一度出直そう。
明日の自分に向かって・・・。

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2008年8月27日 (水)

第四七節 「アスリートで在る限りの心得」

アスリートで在り続ける為には、強い芯を持っていなければいけない。
芯がないものは、躓き道がそれた時に戻ってくる場所が分からなくなる。
それはアスリートとは言えない。

芯には決まったものはない。
人それぞれ、自分の信じるものを根底に置きそれを元に取り組んでいく。
それでいいのだ。

芯を表す言葉は難しい。
自身のやってきたことを一言で表すことと同じなのだから。
しかし、曖昧なままでは意味を持たない。
芯というものを自身がしっかり理解し、表現出来ることで初めて自らの向かう先が分かるのだから。

ある先輩からある文字を授けられた。
そこには大切なことが沢山詰まっている。
読むものによって捉え方が違うだろうが、それでいいのだ。
本当の答えなどどこにもない。
自分が感じ共感を得たもの、それが自分の芯となりえる信念なのだろう。
言葉の意味を理解しようと思わなくていい。
文字を読み、心で捉える。
そこに本当の答えが眠っているのだから・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・ある本からの抜粋・・・・・・・・・・・・・・・
1.あらゆる体験がその人の大きな力となり、人生の支えになる
2.難に遭遇した時こそ自分の真価を知る良い機会である
3.苦境を味わう気持ちになった時すでに問題は解決に向かっている
4.雨や嵐があってこそ晴れの有難さがわかり、苦しみや悲しみを味わった人に本当の幸せがわかる
5.一つの考え方にこだわっていると、新しい考え方は見つけられない
6.個人の幸せはチームの繁栄が確立してこそ成り立つ
7.与える時人は豊かになり、惜しむ時命は貧しくなる
8.異なる働きをしながら心を一つに合わせていくのがチームである
9.思いやりの心が乏しいと気付かぬ内に人を傷つける
10.勝った時はチーム全員の力。苦しい時一番惨めな人間のことを考えられる人間になれ
11.仲間の不足を思うのはその人間の一面しか見ていないからである
12.井の中の蛙になるな。チームメイトと比較しないこと。スポーツは自分自身との闘いである
13.過去の実績に囚われていると、伸びるものも伸びない。実績は今から作るもの
14.過去を自慢するものは進歩の止まった証拠
15.逃避しないこと。一つのことが出来ない人間は他のことも出来ない
16.十回やって一回勝てるとしたら、その一回を最初に持って来れば良い
17.ベンチの中で一人でも負けるかもしれないと思えば、試合には絶対に勝てない
18.マイナス思考にならず、プラス思考で常にいること。前向きに考えることが運を呼ぶ
19.欠点は人より時間が掛かる事なので、努力し長所を伸ばすことも決して忘れてはいけない
20.練習では一番下手だと思い、試合では一番上手いと思え
21.人が不幸になればいいなどと考えるな。それは最後に自分に返って来る。幸せは精一杯努力して自分自身でつかむこと
22.感謝する心が自分自身の幸せの基盤となる     
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


芯があるものは言葉として取り入れ、ないものは心に刻み込め。
それが芯となり、幹へと変わるだろう。
決して折れることのない信念へと。
それは、スポーツだけに限らず人生においても・・・

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2008年8月26日 (火)

第四六節 「引継ぎ」

今まで、先輩の背中を追い続けてきた。

苦しい時に手を差し伸べてくれ、嬉しい時は共に喜ぶことが出来た。

間違った時には、時には厳しく衝突し、時には優しく正してくれた。

試合に勝った時、負けた時関係なく一緒に酒を飲み切り替えさせてくれた。

足りないものを気付かせてくれ、優れている部分を褒めてくれた。

今まで、本当に甘えさせてくれた。

しかし、いつまでもそれではダメなのだ。

先輩たちがしてくれたことを、今度は自分が後輩たちにやっていくのだ。


背中で語り、時には厳しく、時には優しく心と心で対話する。

そこには、若さによるわがままを全て包み込んだ上で諭してくれる優しさがある。

間違った道を選択することなく、成功へ向かわせてくれる厳しさがある。

今すぐには絶対に出来ないだろう。

まだ、先輩が居てくれる今、少しずつゆっくりと着実に、そして出来るだけスピーディーにそうなって行こう。

ただ、若手が試合に出るだけが世代交代ではない。

気付かぬとも、先輩たちがしてきてくれたことを自分たちが引継ぎ、先輩たちを安心させてこそ本当の世代交代なのではないだろうか?

そうして、安心して足りない部分にだけ力を貸してくれる。

それが本当にあるべき姿なのだろう。

年齢も中堅を超えつつある今、誰かがやってくれるでは遅いのだ。

誰かが・・・と言う時期は過ぎた。

今からは自分がと思い続けなければならない。

その為には、弛まぬ努力と継続する力、苦しい時に諦めない強さと包み込める優しさが必要である。

今まで先輩たちが背負い続けてきた大きな荷物を代わりに背負い、降ろすことがないように大きな背中にして行こう。

本当の世代交代が出来るように・・・。

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2008年8月20日 (水)

第四五節 「失って気付くもの」

終わってしまってから後悔することがある。

やらなかった後悔。

出来なかった後悔。

したかった後悔。

その時感じる感情は人それぞれ違えど、もっと深くもっと具体的なものだろう。

そう、それが自分に足りなかったものなのだ。

失うものもいろいろある。

それらの大小に関わらず、失ってから後悔を感じることは少なからずあるだろう。

しかし、失ってしまってからでは遅いのだ。

失ってから足りなかったものに気付き、改善しても、そこには何も残っていない。

失ったものを探しても見つからないだろう。

後悔し、足りなかったものに気付くことは大切である。

しかし、気付く為に犠牲を払ってしまうだけでは後に後悔しか残らない。

今こそ、もっとアンテナを張り、視野を広げ自分を、周りを見つめなおす必要がある。

何が足りなくて、何が必要で、何をしたら良いのか・・・。

幸い、失うことが多々ある今、本当に大切なものは失われずに在り続けてくれている。

今こそ全力を賭けて走り続ける時である。

本当に大切なものに向かって。

今こそ全力を賭けて守り抜く時である。

本当に大切なものを失う前に・・・。

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2008年8月14日 (木)

第四四節 「飢える」

人が強くなる理由。
それは、餓え続けているからだ。

食物に飢え、金に飢え、力に飢え、現状にさえ餓え続ける。
そんな飢えが、人間を強くさせる。
否、強くならざるを得ないのだ。

飢えを持つものが強いならば、自分も飢えを持てばいいではないか。
しかし、そんな簡単なものではないのだ。
食物もない、お金もない環境に身を置く人間は強くならざるを得ないのだ。
今の現状を打破する強さを持たなければ、生きることも間々ならないのだから。
だから、格闘技にしてもスポーツにしても妥協の二文字はない。
それに比べ、自分達はどうだろう。
餓えるという強い気持ちを持ち、取り組みだしたとしてもそこには甘えがある。
ご飯を食べない飢えを求めたとしても、いざ本当に苦しくなったらどうにでもなる。
スポーツに飢えを求めたとしても、そのスポーツに生死が掛かっている訳でもない。
それが甘えなのだ。

それでも飢えを感じてみよう。
その先に必ず何かが見つかるから。
飢えることで、無駄なものを全て脱ぎ捨てることが出来る。
今の自分達は無駄なもので重くなりすぎている。
それは、脂肪やそういったものだけではない。
感情、考え方である。
何か行動を起こす時、しんどい、めんどくさいという感情で先延ばし、結局何もしなかったことはないだろうか?
それが甘えだ。
飢えを感じてみよう。
飢えを感じ続けてみよう。
そうすれば、どんなことでもやるしかないのだから。
必ずその先には悪いことは待っていない。
必ず何かを学ぶはずだ。
例えその選択が失敗だったとしても。


自らを餓えさせろ。
無駄なものを背負い過ぎていることに気付くから。
一週間飯を食べなくても死なないのだから。
毎日走っても死なないのだから。
お金を使わなくても生きていけるのだから。
餓える時、自分はこんなにも強かったのだと気付くから。
甘えを脱ぎ捨てろ。
強く生きるために・・・。

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2008年8月12日 (火)

第四三節 「伝える」

正があれば負があるように。

陽があれば陰があるように。

人の考え方にも表もあれば裏もある。

100人いれば、100通りの考え方があるのだ。

自分がこれをされたら嬉しく感じても、他人も同じように感じるとは限らない。

自分の意見が正しかろうと、それを他人に押し付ければ苦痛に感じるだろう。

何が必要なのか?

もっと相手に興味を持つことではないか。

興味を持つということは、相手をもっとよく知るということである。

相手がどんな人間かを知ることである。

どんな考えを持ち、どんなことが好きで、どんなことが嫌いか知ることである。

その時に気付くだろう。

あの人にとった対応と同じ事をしても、この人は苦痛に感じるだろうと・・・。

逆もしかり。

そして、この人も1/100の人間なんかではなく、1/1の人間なのだと理解する。

1/1の人間と認識することによって思いやりは生まれる。

ただ話すこと一つとっても相手のことを今まで以上に考えるからだ。

その思いやりを持つことで、自分の言葉を100%伝えることが出来るのではないだろうか?

本当に伝えることは難しい。

伝えたフリ、伝わったフリをすることは簡単である。

もっと相手のことに興味を持たなければならない。

興味を持つことで、今まで気付けなかった大切な部分に気付くことが出来るだろう。

たとえそれが嫌いな人間であっても。

世間に流れている言葉は、参考であって絶対ではない。

人に逢い伝えるということは、その都度新しい言葉を見つけるということだ。

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2008年8月 9日 (土)

第四二節 「強さ」

自分自身の強さは、どれだけ大きな壁に立ち向かい、乗り越えて来られたかで決まる。

人間は何も考えずに生きていたとしても壁にはぶち当たる。
強くなりたい、今の状況を変えたいと思うなら尚更である。
その壁には大小様々な高さがある。

階段ぐらいの高さなら、誰もそれが壁だと気付かずに乗り越えるだろう。
しかし、それがフェンスなら・・・。
越えられないこともないが、別の道を探すかもしれない。
もっともっと高い壁が目の前にあったらどうする?
なんとかして乗り越えようと壁の前に立ち止まり、もがくだろうか。
無理だと思い、別の道を探すだろうか。

人生は、壁を避け続けても先に進むことが出来る。
しかし、その先に何が待っているだろうか?
壁の前に立ち向かい、がむしゃらにもがき、考える。
絶対に乗り越えられないと思う壁であっても、持てる力を全て使い、足場を作り、乗り越えようと努力する。
そうすると絶対に乗り越えられないと思う壁であっても、天辺が見えてくる。
壁が高ければ高いほど、苦しみの度合いは増えてくる。
しかし、高い壁を乗り越えて振り返った時、下に見える壁はどれも高く感じないだろう。

それが、自信となり強さへと変わっていく。
どれだけ苦しさに立ち向かえるか。
どれだけ苦しみを伴った壁を乗り越えられるか。
別の道を選んでも誰も文句は言わない。
しかし、別の道を選んだその日からもう高い壁を見上げることはしないだろう。

上を見上げてみよう。
天辺が見えなくても。
登りきったその先には必ず絶景が広がっているから。
ゆっくりと歩んで行こう。
その先を目指して・・・。

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