第四八節 「初心忘るるべからず」
人は時が進むにつれていろいろなものを背負い込む。
それには必要なものもあるが無駄なものも沢山ある。
そして、背負うものが増えれば増えるほど中心にあるものを見失う。
そこにこそ本当に大切なものがしまわれているというのに・・・。
決して忘れてはならないものが。
全てを脱ぎ捨ててでも思い出してみよう。
何も背負っていなかったあの時の無邪気な自分に戻れるように・・・。
人は一人で強くなれるのだろうか?
一人だけで強くなって来れたのだろうか?
そんな人間は、誰一人としていないだろう。
思い出してみて欲しい。
現在に至るまで、自分の周りには誰がいただろうか?
自分の成長を導き手助けしてくれる家族、自分自身というものを確立させてくれた周りの人、一緒に成長しようと切磋琢磨した友達、負けたくないと120%の力を出し努力させてくれたライバル、道を踏み外さないように時には厳しく、時には易しく先を照らし続けてくれた先輩、甘えるという状態から牽引するという自覚を持たしてくれた後輩、挙げればキリがない。
それらの人に出会うことが出来たからこそ、成長し強くなれたのではないだろうか?
今までに限らず、これからどんなに歳をとろうと、どんなに成長しようとそれは変わらないだろう。
皆が周りに成長させてもらって来たといっても、生きてきた環境が違う。
そんな人間が同じ空間に生きていると衝突もあるだろう。
自分の意見が正しい、間違っているということで衝突しているなら低次元である。
自分の生きてきた環境で学んできたこと、そこから得ることが出来た考え方は正しくていいのだ。
では、お互いの正しい考え方が食い違った時どうしたらいいのか?
お互いの正しい考えをお互いが理解した上で、新しい正しい考えを生み出せばいい。
それこそが共通理解になり、今後の成長へのきっかけとなるだろう。
自分の意見を相手に押し付けても相手は納得しない。
押し付けられた意見を受け入れるだけでは、その人間の成長はそこで止まってしまう。
今、特にそういったものが減少しつつある。
むしろ皆無に近いのではないだろうか?
去年までのチームの印象は、ファミリーのようだった。
しかし、今ではそのかけらも感じられなくなってきてしまった。
ファミリーのようなチームが良いとは言わないが、悪いとも感じない。
これだけ年代の離れた選手が一緒にプレーし、尚且つ年代差を感じさせないように接してくれるようなチームは中々ないだろう。
もっと、ファミリーでサッカーをしてる時ぐらいプライドというカベを取り払って接しても良いのではないだろうか?
初心を忘れるな。
大切なものを失って、無駄なものを守るな。
誰もが、もっともっと成長出来るのだから。
落ちるところまで落ちた今、これ以上落ちることはないだろう。
ここからは這い上がるだけ。
這い上がるために、無駄なものを脱ぎ捨てもう一度出直そう。
明日の自分に向かって・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

最近のコメント