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2008年6月 9日 (月)

第十七節 「諦めることは何も生まない」

諦めることは簡単だ。
今までやってきたことを止めてしまえばいいだけだから。
しかし、諦めることで何が変わっただろうか?

何も変わらない。

変わったとすれば無駄な時間が増えたぐらいかな・・・。


諦めるか否かの選択を迫られる場面は、多々訪れる。
今までどのように選択して来ただろう。
多くのものを諦めて来たかもしれない。
否、諦めて来ただろう。
多くの機会に何も得られず、無駄に過ごしてしまって来たのだろうか・・・。

漠然と言ってもよく分からないだろう。
例えばトレーニング。
人間の体は、壊れないために防御反応が働き60%~70%の力しか発揮出来ないようになっている。
普段頑張った、疲れた、もう無理だと思っているのは、本当の限界ではないのだ。
どんなに頑張っても60%~70%の力しか出せないのなら、それが限界なのではないかと思うだろうが、出せない訳ではないのだ。
出し方が分かってないだけなのである。
70%以上の力を発揮するためには、自分の中にある防衛本能というリミッターを外さなければいけない。
それを外すためのトレーニング方法は、どれだけ自分が限界と思っているところを超えられるかである。
自分が限界だと脳で考え、そこでトレーニングを止めてしまう。
それは、70%の限界でしかないのだ。
自分に甘い人間であれば50%の力にも満ていないだろう。
自分の制限された容量の中で頑張っているだけに過ぎないのである。
しかし、どれだけ自分に甘かろうがもう無理だと思ったところから少しでも頑張ってみる。
そうすることで、自分の脳が限界を少し先に伸ばすのだ。
その内、リミッターが外れ思いがけない力を発揮する。

諦めて終わってしまうだけでは一生感じ得ない世界である。


同様に試合に関しても言える。
どんなにつらい立場に自分が居ようと、どんなに苦しい試合展開だろうと、どんなにつらい環境であろうと諦めることは何ももたらしてはくれないのだ。
もう勝つ確立が限りなく少ない試合展開で、途中で諦め次の試合を考えても何も繋がりはしない。
次の試合に向けて、今の試合で何をするのか?
セーフティーにパスをつないで、これ以上失点をなくすのか?
次の試合の為に気持ちが折れない程度の試合展開をするのか?
どれも次の試合には繋がらないだろう。
逆に、次の試合でも同じことをしてしまう。
本当に次の試合に向けて今しなければいけないことは、勝つ確率も少ない苦しい状況を全力でやり切り、その中でミスをなくすことではないのではないか?
それが、二度と味わいたくないこのくやしい状況を本当の意味で次に繋げる方法だと思う。
苦しいことは避けて、次にまた一からやり直して行くという考えでいたならば、同じような状況を今後何度も味わっていくことになる。

諦めることが悪いことではない。
諦めないことが良いとも言わない。
しかし、出来ることなら諦めないで行きたいと思う。

       「自分で限界を作り、自分が本当の限界を作る」
       「次は今を生きるからこそあるものだ」

~本日の練習~
<土曜日>
★トレーニングマッチ (フットサル)
  南国高知BBセントラル vs バルドラール浦安
      前半     0  -  4
      後半     0  -  3
      合計     0  -  7
                        (35分 ランニングタイム)

<日曜日>
★四国リーグ第8節
  南国高知FC vs ヴォルティス徳島2nd
  前半   0  -  3
  後半   0  -  2
  合計   0  -  5  (先発フル出場)
               (45分ハーフ)

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